韓国ソウル発「DMZ(非武装地帯)半日ツアー」参加レポート!予約から前日やりとり、当日参加の様子まで説明!【1万字レポート、しっかり読みたい方向け】

ニュース海外スタディプログラム

こんにちは、代表の田中です。

2025年8月に弊社主催で実施した「第1回韓国スタディプログラム」。

このプログラムの一つのコンテンツとして参加した「DMZ(非武装地帯)半日ツアー」がとても刺激があり、学びも多く、ぜひとも韓国を訪問する人には参加してもらいたいと思ったため、参加レポートとしてまとめました

何が見られて、何が体験できるのかを順を追って説明していきますので、これから韓国に行き、ツアーに参加しようと考えている方にはぜひ読んでいただきたいです!

申し込み方法や当日の参加方法などもまとめましたので、予約の仕方、バス会社とのやりとり含めてご確認いただけたらと思います。

最初はあまりDMZツアーの関心が乏しかったメンバーも、「今回参加して本当によかった!」と口々に言っていました。学びが多く、おすすめのツアーです。

この記事はイッポラボ代表の田中が書いています。DMZツアーが余りにも満足度が高かったので文字量が多い記事になってしまいました(汗)でもそれくらいおすすめです!

予約はKlook「非武装地帯ツアー」

今回、予約はKlookの「[日本語ガイド] 非武装地帯(DMZ)グループツアー(8:00出発)」を選びました。

予約サイトはこちらです:https://www.klook.com/ja/activity/216-dmz-tour-gyeonggi-do/

KlookWebサイト
色々なパッケージの中から選べます

今回、我々は13名のグループだったのでグループツアーを選びましたが、1人参加の方も何名かおられました。

他の参加者と集団で一緒に回りたい!(自分だけのプライベートツアーまでは必要ない)という場合は、このグループツアーを選択すれば問題ありません。

また、数量(参加人数)を指定するところに「[追加オプション] 北朝鮮脱出住民との交流&北朝鮮体験館 / 1名あたり」があります。

一番下に表示されています

これは、ツアーの途中で立ち寄る「臨津閣(イムジンカク)平和公園」というところで、実際に北朝鮮から脱北された方のお話しを直接聞くことができます

我々は最初はこのオプションを選んでいなかったのですが、当日参加も可能でした(当日参加の場合は7000ウォンをカードまたは現金で支払い)。

結果的にオプション料金を払って体験談をお聞きしたのですが、当事者の方の話は非常に聞く価値があり、参加して良かったです(どんなお話しが聞けたかは後述しています)。

もし関心のある方は、このオプションもつけてみてください。

ツアー前日のやりとり

旅行会社から前日に確認の連絡が入ります。

今回、私にはWhatsAppとメールの2箇所に連絡が来ました。

WhatsAppのメッセージがこちら
届いたメールがこちら

このメッセージが前日に届いたら必ず返事をするようにしましょう

また、ツアーのウェブサイトに以下の記載がありました。

「ソウル市内中心部のホテルへの送迎サービスは、お客様の所在地に応じてご利用いただけます。」

今回、江南にある東横インに宿泊していたため、「東横イン江南店まで来ていただくことは出来ますか?」と相談してみたところ、「朝7:00にホテルに迎えにいきます」と承諾していただけました。

もし指定された明洞まで遠いところに宿泊されている方は、一度ホテルまで来てもらえないか相談してみましょう

(今回、我々は13名のグループだったので融通を利かせてくださった可能性はあります)

ツアー当日朝 ソウル市内出発 07:00~07:40ごろ

朝7時に東横イン江南店で我々を乗せたバスは、その後「明洞駅」「ソウル市庁」の2箇所で乗客を乗せて、総勢36名のグループになりました。

バズは日本の大型バスと同じようなタイプです。広さは十分ありました。

その後、約1時間ほどかけて最初の目的地「臨津閣(イムジンカク)平和公園」に向かいます。

バスの中では、後ほど検問所を通過するために必要な個人情報(ローマ字氏名、生年月日、国籍)を専用のリストに書くように求められました。

乗客がお互い協力して、バスの中で名簿を回していきました。

また、バスの中では、ガイドの高さんによる韓国と北朝鮮の歴史やDMZについての説明が30分ほどありました。

DMZについてあまり詳しくない人でも、この時間に学ぶことができます

今回のガイドの高さんは日本に6年住んだことがあり日本語が堪能で、またガイドとして20年以上の経歴を持つベテランで、話がとても面白く、情報も詳しく、本当に最高のガイドさんでした。

高さんは質問にもなんでも答えてくれてとても気さく、親切な方でした。高さんが担当ガイドになられた場合は大当たりです!

【まさかのイレギュラーな事態発生!】

なんと今回、ベテランガイド高さんにとっても20何年間で初めてという機会に当たってしまいました。

とある集団によるデモ活動の影響のため、DMZツアー自体が約3時間も遅れることになってしまったのです。

韓国には、北朝鮮出身の「非転向長期囚(ひてんこう ちょうきしゅう)」という方々がいます。

引用:聯合ニュース

朝鮮戦争(1950〜53年)やその後の南北対立の中で、韓国国内には北朝鮮の工作員や左派活動家が潜入、活動しました。

韓国側に捕まった人々は長期刑に処されましたが、韓国政府は「転向すれば出所を認める」としました(転向=政治的思想を変えること。特に、共産主義や北朝鮮支持の立場を放棄すること)。

しかし、捕まった人の中には「思想は変えられない」として転向を拒み、数十年にわたり服役した人がいたのです。

こうした韓国籍に国籍変更することを拒否した人たちを「非転向長期囚」と呼んでいます。

かつては約500人ほどいたとされる非転向長期囚ですが、今では高齢化などの影響により、30数名にまで減りました。

今回、残る非転向長期囚を北朝鮮に送還することを韓国政府に求めるデモが、臨津閣(イムジンガク)あたりで行われるということで、DMZ(非武装地帯)に入れるバスの数が大幅に減らされてしまいました

通常は1日あたり50台程度のバスが入場を許可されますが、この日は午前中に9台のみ、午後は19台のみ、合計28台のみという、約半分のバスしか入場出来ない状況になってしまいました。

結果的に我々は入場することが出来たのですが、午前中の9台には入れなかったため、最初の経由地「臨津閣(イムジンカク)平和公園」にて4時間ほど過ごすことになりました(通常はこの公園は30分程度の立ち寄りのようです)。

臨津閣(イムジンカク)平和公園は隅々まで楽しむことが出来ましたが、ツアーの終わり時間が14時ごろから17時ごろと約3時間も押してしまうことになりました。

臨津閣(イムジンカク)平和公園に到着、DMZを体感 08:40〜13:10

最初の目的地です!

ソウルから約1時間で到着するこの公園には、いろいろなものが設置されており、韓国と北朝鮮の歴史、争いについて学ぶことが出来ます

今回、4時間ほど時間があったため、ゆっくり見て回ることが出来ましたが、通常は30分程度の立ち寄りのようなので、すべてを見ることは難しいかもしれません

この記事を読んでいただいて、確実に見ておきたいものを選んでいただけたらと思います。

この建物内にトイレ、レストラン、ゴンドラ乗り場などがあります

この公園に置いてあったパンフレットがこちらです。

数字(1〜15番)の書いてある場所はこの公園内(または歩ける距離)にありますが、どれも見応えがあるので、一つ一つが時間がかかりました。

画像を拡大してご確認ください

この中でも、特に印象に残ったものをご紹介します。

平和の鐘

「平和の鐘」は、武器を溶かして作られた巨大な鐘で、観光客も平和祈願としてつくことができる施設です。戦争の記憶を伝えつつ、未来への希望を表すシンボルになっています。

21世紀を象徴するという意味を込めて、21トンの重さかつ21段の階段が設けられています。

世界86の国の石

「平和の鐘」の周囲には、世界各地から集められた石が展示されています。これは「世界の人々の祈りを込めて、朝鮮半島の平和を願う」という目的で集められたものです。

この中には日本からの石も4つ含まれています

23番の福岡の石は元寇に関連するということで、そこまで歴史をさかのぼるのかと驚きました。

9番:広島(原爆被害の記憶)
59番:長崎(原爆被害の記憶)
77番:沖縄(戦争体験の地)
23番:福岡(元寇の時代に関連する歴史)

86個の石がランダムに並んでいます
9番は「広島の石」

北朝鮮によって爆破された京義線

北朝鮮の要請に応じて韓国が敷いた鉄道「京義線」は、かつては韓国と北朝鮮を結ぶ唯一の鉄道でしたが、2023年10月に北朝鮮が北朝鮮側を爆破してしまったため、現在は使わていません

レールだけが虚しく敷設された状態になっています。

列車が通ることのない京義線線路
以前はDMZを超えて北朝鮮と韓国を行き来していた様子が分かります

爆破された蒸気機関車

日本統治時代に製造された「ミカ(Mika)型蒸気機関車」と呼ばれる貨物用機関車です。

朝鮮戦争前、この機関車は京義線を走り、ソウルと平壌を結ぶ主要輸送手段として活躍しました

しかし、1950年(朝鮮戦争勃発)時、北朝鮮軍が南進した際、この機関車は臨津江(イムジンガン)付近の線路上で攻撃を受け、砲撃によって大破しました。


動かなくなったまま放置されていましたが、戦後半世紀以上にわたり線路上に残された後、臨津閣平和公園に移設され、戦争の惨禍と分断の象徴として保存されています。

自由の橋

1953年7月、朝鮮戦争の休戦協定後、国連軍と北朝鮮の間で捕虜の交換が行われ、その時に捕虜や帰還者が通った橋がこちらです。

名前の由来は、韓国に戻ってきた捕虜たちが「自由万歳!」と叫んだことにあります。

この時、約1万2,773人の捕虜がこの橋を渡って韓国に戻ってきたとされています。

ただし、全員が韓国に戻ったわけではなく、「新しい社会を築きたい」と自ら北朝鮮に渡った人もいたと伝えられています。

統一祈願フェンス

朝鮮半島の南北統一と平和を願って、訪れた人々がカラフルなリボンや布を結びつけるフェンスです。

リボンには「家族と再会したい」「南北が仲良くなりますように」といった個人の祈りや願い が書き込まれています。

多くのリボンは観光客だけでなく、離散家族の人々によっても結ばれたもので、分断の現実を強く感じさせる場所です。

リボンを購入して自分のメッセージを書き込み、結ぶことができます

平和ゴンドラ

ゴンドラは往復するだけでも約15分はかかりますので、時間には十分ご注意ください。

平和ゴンドラは、臨津江(イムジンガン、北朝鮮から流れてくる川!)を横断し、民間人統制区域(CCZ)の内部へ入れる世界唯一のゴンドラです。

臨津江の上空を渡る全長約850メートルのゴンドラで、片道わずか7分ほどですが、眼下に広がる川や自由の橋、そして途絶えた京義線の線路を眺めながら進む体験はとても印象的です。

ゴンドラの終着点には、ポップでカラフルな公園があるかと思えば、「地雷注意」の真っ赤な看板があったり、古びた「越境防止標識」があったりと、やはり気持ちを引き締めないといけない場所であることを実感します。

ゴンドラは「一般キャビン」と「クリスタルキャビン」が選べ、クリスタルキャビンにすると足元が透明になりスリルが増します。

左側の赤の四角で囲ってある場所に行くことができます

民間人統制区域(CCZ)と非武装地帯(DMZ)の違いとは?

ゴンドラに乗る時に「このゴンドラに乗ったらどこまで行けるの?」とふと思いました。

このゴンドラで入れるのはCCZ(民間人統制区域)というところで、DMZ(非武装地帯)に入れる訳ではありません!

DMZ(非武装地帯)は、朝鮮戦争の休戦協定によって設けられた区域で、軍事境界線を中心に韓国側に2キロ、北朝鮮側にも2キロ、合計4キロにわたる非武装エリアを指します。本来は兵士や武器を置かないはずの場所ですが、実際には両側から厳重に監視されており、世界でも最も緊張感の高い地域の一つです。

一方で、CCL(民間人統制区域)は韓国側が安全確保のために独自に設けたエリアで、DMZからさらに5〜20キロ南側に設定されています。

一般の民間人は自由に入ることができず、軍の許可や同行が必要となります。

このゴンドラは、通常は許可のいるCCL(民間人統制区域)に入れるということで、これはこれでとても特別な経験になります。

DMZとCCLの違い。韓国側にのみ設定されている。

北朝鮮体験館、脱北者の体験談

公園内のこちらの建物の地下1階で、北朝鮮のことについて知る、学べる場所があります。

入館料は7,000ウォンで、現金またはカードで支払いが可能です。

中に入ると、北朝鮮で普及しているお金や切手、お菓子やお酒などの食品、軍服や銃などの軍事品、学校で使われている教科書などが展示されています。

使用されている切手
北朝鮮の食品
軍服

この日は12時から、脱北者から直接体験談を聞くことができました。

ここの会場に集まり、まずは10分ほど北朝鮮の現状についての映像が流れます(この映像は日本語字幕もあります。撮影は禁止)。

映像の内容としては、

“北朝鮮の中で栄えているのは首都の平壌のみで、それ以外の地域の人は貧困に苦しんでいる。場合によっては飢餓も起きて餓死する人がいる。”

“平壌は栄えているといいつつも、地下鉄は2路線のみで延長や拡大する気配はなく、1987年から建設を開始した高さ約330メートルのホテルは経済的事情により建設が止まり、一度も開業することなく今は金総書記を崇める動画を流すだけの巨大LEDスクリーンになった。”

といったような、北朝鮮を卑下するものでした。

その映像を見た後は、実際に脱北し今は韓国側で暮らす女性が登場され、実体験についてお話を聞き、質問もすることが出来ました

言語は韓国語でしたが、ここでもバスガイドの高さんが全て日本語にしてくださいました。

「北朝鮮からは中国側から脱北に成功した。ブローカー複数人に400万ウォンを支払い、中国、ラオス、タイを経由して韓国に到達した。」

「私が脱北したことが当局に伝わり、弟は強制収容所に入れられてしまい、過酷な生活を送ることになった。そのことに強いストレスを感じた母親が他界してしまった。非常に辛い思いをした。」

「数年後に、北朝鮮に残っていた息子を韓国側に呼び寄せた。」

最初はあまり深刻な雰囲気にならないように時には笑顔を見せながら話をされていましたが、次第に涙を流されるようになっていき、相当厳しい生活を送ってこられたことが伝わってきました。

参加者からの、「北朝鮮の一般の人々は、どれくらい南北統一を望んでおられるのでしょうか?」という質問に対しては、

「韓国との統一を望んでいないのは金家族だけで、一般の人は全員が南北統一を望んでいる。私の意見としては、あと10年もすれば北朝鮮の体制は変わり、南北統一が実現すると思う。」

とのご意見でした。

ここで映像を見て脱北者の話を聞くと、北朝鮮に生まれた人たちが少しでも今以上に幸せに暮らせる状況になることを切に願うようになりました。

北と南を自由に行き来できる未来が早く訪れますように。

脱北者の脱北ルートは中国国内を通り、ラオスやミャンマーを経由するルートが多いそうです。

検問所と統一大橋を渡り、第3地下トンネルへ 13:10〜13:40

非転向長期囚によるデモの影響を受け、予想外にも臨津閣(イムジンカク)平和公園で4時間過ごした後は、このツアーでも目玉の一つの「第3地下トンネル」に向かいました。

その道中に、まずは検問所を通過します。

ここで、韓国兵がバスの中に乗り込み、1人ひとりのパスポートを確認します

朝、バスの中で名前や生年月日、国籍を紙に書きましたが、1番から50番くらいまで番号が振ってありました。韓国兵士はその紙のコピーを持ちながら、「あなたは何番ですか?」と尋ねてきます。

韓国語で聞かれましたが、指差しで自分の番号を伝えればokです(言える方はもちろん口頭で番号を言ってあげるとより親切だと思います)

今回は36人がバスの中にいたので時間にして10分はかかりましたが、早い場合は5分ほどで終わりこともあるそうです。

なお、韓国人兵士がバスに乗ってきた時は一切の写真動画撮影は禁止なので気をつけましょう。

検問所は1台1台確認されます。

検問所を通過すると、「統一大橋」を渡ります。

臨津閣(イムジンガク)からDMZ方向に進む途中に架かる橋で、軍事境界線に近づくための入口のような役割を持っています。

1998年に完成したですが、実は韓国の財閥現代グループ(Hyundai Group)創業者の鄭周永(チョン・ジュヨン)会長 が、自らの資金で建設しました。

鄭周永会長は、実は北朝鮮・江原道の出身で、南北交流を進めたいという思いから、巨額の私財を投じました。

橋が完成した際には、「故郷の北朝鮮に恩返しをする」として、牛1001頭をこの統一大橋を渡って北朝鮮に送ったことでも有名です(「牛の行進」と呼ばれる歴史的な出来事)。

この出来事を象徴するかのように、橋の横には牛の銅像が置かれています。

行きであれば左側、帰りであれば右側に見ることができます(下の写真は、帰り道にバスの右側から撮影しました)。

置物の牛は北朝鮮側を見ています。

統一大橋を渡り終えて「第3地下トンネル」に向かうまでに、ガイドさんが二つ教えてくれました。

一つは、また検問所が出てきたのですが、この検問所をまっすぐ行くとDMZ内部を通過して、北朝鮮の開城(ケソン)という街に行きます。

当然ながら今は通行できないのですが、一番最近では、2018年の平昌オリンピックのとき、北朝鮮の選手団・応援団はこの検問所を通過して韓国に入ってきたそうです

普段は緊張感に包まれたゲートが、一時的に“交流の架け橋”にもなるとのことで、どこか希望を感じた検問所でした。

そしてもう一つは、北朝鮮側に立派な電線が伸びているということです(現在、電気は通っていないとのこと)。

まだまだ使用可能な電線がずっと伸びています。

先ほどの検問所を北朝鮮側に進むと開城(ケソン)という街がありますが、かつては南北協力の象徴として、ケソン工業団地が稼働していました

ケソン工業団地は2004年に操業を開始し、韓国の金大中(キム・デジュン)政権の「太陽政策(南北融和政策)」の一環として計画されました。

韓国企業が工場を建設し、北朝鮮の労働者を雇用する形で、ここで生産された製品(衣料品や日用品など)は「低コスト・高品質」として韓国や海外に輸出されました

最盛期には、韓国企業125社が入居し、北朝鮮労働者を約55,000人雇用するなど、南北経済協力の最大規模のプロジェクトでした。

しかし、2013年に北朝鮮の核実験や南北関係の悪化で一時操業停止し、2014年には一度再開されたものの、北朝鮮の核実験と長距離ミサイル発射を受け、2016年2月に韓国政府が全面的に操業を停止。

以降、再開されることが無くなってしまいました。

韓国側が整備した電力インフラが、今では使われないまま北朝鮮側に虚しく伸びている様子がバスの中から垣間見えました。

第3地下トンネル到着 13:40〜14:40

第3地下トンネルは、北朝鮮が韓国への奇襲侵入を目的に秘密裏に掘ったとされる地下トンネルのひとつです。

1978年に発見され、ソウルからわずか約50kmの場所に位置しています。

幅2m、高さ2mほどの規模で、兵士数万人が1時間以内に通過できたと推定されており、その存在は南北分断の緊張を象徴するものとなっています。

現在は内部の一部が観光客に公開されており、実際に歩いて見学することができます。

トンネルに入る前に全ての荷物をロッカーに入れるよう求められます。ですので、写真や動画を中で撮影することはできません。

トンネルに入る前にヘルメットを1人一つ渡されますので、それを被ってひたすら歩きます。

写真は撮れませんでしたので、代わりにパンフレットの画像を掲載します。

イラストで見ると、右上が入り口で、まずは深さ358mのところまで一気に坂を下って行きます傾斜も約30度ということで、かなり急です。

このトンネルの帰り道は観光客にとって「DMZ最大の試練」と言われているようなので、覚悟していきましょう、、、苦笑

深さ358mのところまで降りた後は、北朝鮮兵が掘り続けた地下トンネルを歩いて行きます。

ここはここでしんどく、内部崩壊などを防ぐために設置された鉄パイプの下を潜っていくので、身長がおおよそ170cm以上ある人は常に腰をかがめて歩くことになります(私は180cmあるのでなかなかの試練でした)。

この姿勢で約200mほど歩くと、歩いて到達できる限界の場所に到着します。

ここには停戦協定が締結された1953年7月27日から今日までの日数をカウントしているカウンターがおいてあります。

そしてその先には、北朝鮮が二度とトンネルを利用できないようにするために、3つの遮断壁を置いたその壁を見ることができます

この場所から、北朝鮮との軍事分界線、つまり国境までわずか170mしかありません

もうすぐそこは北朝鮮です。本当にギリギリのところまで行きます。

さて、トンネルの帰りは来た道を戻るわけですが、以前は運用されていた地上まで続く「モノレール」は運転を停止していますので、歩いて戻る必要があります。

これがかなりきついです。上り坂のところどころ(5箇所程度)には休憩用のベンチがおいてありますので、無理ないペースで登り切りましょう。

ここ第3地下トンネルの敷地内には、DMZツアーの体験談でもよく見るモニュメントが置いてありますので、ぜひ記念写真を撮りましょう。

記念のお土産が買えるショップもありますので、ぜひ覗いてみてください。

いよいよ北朝鮮が見渡せる都羅(トラ)展望台へ 14:50〜15:40

都羅(トラ)展望台は軍事境界線のすぐ南側に位置しています。

1987年に完成し、韓国国内でも数少ない「北朝鮮を直接見ることができる場所」として、多くの観光客や訪問者に公開されています。

展望台に立つと、非武装地帯(DMZ)の広がる風景が目の前に現れ、遠くには北朝鮮の開城(ケソン)市や農村の様子を望遠鏡で観察することができます。

天気が良い日には、北朝鮮の宣伝村と呼ばれる集落や、巨大な国旗掲揚台まで確認することができ、分断の現実を視覚的に体感できる場所となっています。

この建物の屋上から北朝鮮を見ることができます。建物の向こう側が北朝鮮方向です。

今回、展望台からの写真動画撮影が一切できませんでした。

韓国兵士も展望台を巡回しており、“こっそり撮る”といったことも当然ながら出来る雰囲気ではありませんでした。

2024年に北朝鮮から汚物などの入った「汚物風船」が数百個飛んできたことから、この都羅(トラ)展望台も最近まで閉館されていました

運良く、ちょうど一週間ほど前から再開されたタイミングで訪問出来たのですが、写真や動画撮影などにより北朝鮮側をむやみに刺激しないようにとの理由から、全ての撮影行為が禁止されているというわけです。

ここはぜひご自身の目で、北朝鮮を見てみてください。

引用:KlookWebサイト

先ほどの展望台からバスに戻る道中、「十字架」が掲げてある鉄塔がありました。向きは北朝鮮側を向いています。

これも、「韓国側には宗教の自由があるんだぞ」ということをアピールするために設置しているとのことでした。

向こう側に見える山々も、もしかするとその一部は北朝鮮側かもしれません。

最後の目的地、統一村(売店) 15:50〜16:10

CCZ(民間人統制区域)内の北方地域にある村は「統一村」と呼ばれています。

約160世帯450人ほどの住民が暮らしており、主に農業をされています。

ツアーでは、この村の農産物直売場に案内していただけます。

売られているものは、この村で収穫されたお米や大豆、高麗人参といった農産物を使った食品や加工品です。

特に「統一村の米」はブランド米として知られており、パッケージも整えられているのでお土産として購入する人が多いそうです。

また、大豆を使ったきなこ菓子や豆乳ソフトクリームも人気で、訪問の記念に味わう観光客も少なくありません。

ちなみに、ここでお米を買って日本に持って帰ろうとした場合、非常に面倒な手続きが必要になりますので良く考えてから購入されることをお勧めします。詳しくは、植物防疫所のWebサイト(こちらをクリック)に書いてあります。

直売所の中には、地域の女性たちが作った手作りの食品や、統一をテーマにしたお土産グッズも並んでいて、普通の観光地ではなかなか出会えない特別な雰囲気があります。

外の世界とは違って自由に出入りができない村だからこそ、この直売所は「ここでしか買えないもの」を手にすることができる貴重な場所になっています。

ソウルに戻る、ソウル市庁前にてバス下車 16:10〜17:10

いよいよ今回のバスツアーも終了です。

当初予定(14:30ごろにソウル市庁前着)よりも3時間弱遅れてしまいましたが、その分臨津閣(イムジンカク)平和公園を心ゆくまで楽しむことができました。

今回日本語ガイドとしてついてくださった高さんには改めて大感謝です!

DMZツアーに参加してみて

今回のDMZツアーを通して、私が一番強く感じたのは「分断が今も続いている」という現実でした。

自由の橋や統一村で暮らす人々、そして地下深くに掘られた第3トンネルなど、どの場所にも朝鮮半島の歴史と緊張が色濃く刻まれていました。

同時に、平和の鐘や石の展示、平和ゴンドラなどを目にすることで、「いつか必ず統一や和解につながる日が来てほしい」という人々の願いも強く伝わってきました。

観光として訪れると、景色や施設を楽しむことができますが、その背後にある歴史や人々の思いを知ると、ただの観光地ではなく「平和について考える場所」として心に残ります。

北朝鮮側から流れてくる川「臨津江」をゴンドラの中から眺めながら、ここが境界ではなく架け橋となる未来を想像せずにはいられませんでした

韓国に行く方は、ツアーの参加をぜひご検討ください。

このブログ記事が少しでもお役に立てたら嬉しいです。


参加者募集!韓国スタディプログラム

イッポラボは、海外スタディプログラムとして韓国ツアーを実施しています。

海外が初めての人、韓国が初めての人には特にお勧めです。こちらもぜひご覧ください。

詳しくはこちら:https://ippolab.co.jp/studyprogram/